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桃の缶づめ

桃の缶づめ

~第5章~

~~~~呪いの椿油 第5章~~~~



わたくしは、鏡の中の自分の姿を見て、にっこりと微笑みすら、したのです。
その時、鏡に映った、鮮やかな椿の模様がわたくしの目を捉えました。
振り返ってみると、部屋の奥に、まるで私を手招きするかのように、大きな椿模様の長羽織が、あります。まるで、吸い寄せられるようにわたくしは、羽織を手に取り、うっとりと、眺めて、思いました。

「この、美しい黒髪になった、私の髪に、この長羽織の、大きな椿模様が、どれほど
映えることだろう・・」

桃ねえさま、わたくしは、あろうことか、オババが若い娘の頃、愛でたであろう、椿の長羽織を、鏡の前で羽織りました。思ったとおり、長羽織は、まるでわたくしの黒髪をいっそうひきたてるかのようでした。

嗚呼、その長羽織こそ、オババの呪いの引き金となる、恐ろしい道具であったのです・・



どれくらいの、時間がたったのでしょう。
わたくしは、はっと我に返りました。

オババを、殺してしまった。ひとに、見られてはいけない・・
急いで帰らなくては・・

そう、気づいたわたくしは、逃げようとしました。

オババのあばら屋を後にするとき、わたくしの耳に、オババの哄笑が聞こえたように思いましたが、それを、振り払うように、山を降り始めました。

道を、急ぎながら、わたくしはふと、髪の毛に奇妙な感覚を覚えました。
嗚呼、そのあと、わたくしを襲った、おぞましい出来事は、とても、桃ねえさまにお話することは、できません・・わたくしは、それから逃れるために、無我夢中で、走り、澤に落ち、偶然、命が助かったのです・・

わたくしは、澤から這いずり上がると、岸にそのまま、へたりこみました。
そして、助かった、と、大きく息をつきながら、目を下に落とし、自分の手をなにげな
く見たわたくしは、我が目が信じられませんでした。

しわが寄り、しみだらけの、醜く曲がった老婆の手。
「こ、これはっ!」澤の、水鏡に、自分の顔を映した、わたくしの目に入った姿は、
さっき、桃ねえさまが、御覧になったとおりの、醜く、年老いた、オババの姿へと変わっていたのです。「あああぁぁぁ~~~!!!」
これは、悪い夢ではないのか??
いくら、悲鳴を上げても、顔をさわっても、老婆となった、わたくしの姿は、変わりません。

わたくしの、耳に、いいえ、頭の内側から、オババの哄笑とともに、勝ち誇った声が聞こえてきました。「必ず、とりついて、呪い殺すと言うたであろう。ワシにしたお前の所業を忘れたとは、言わせんぞえ!ひーっひっひっひっひっ~~~~お前が千恵子の姿に戻りたかったら、あの、椿油を塗り、椿の長羽織を着るしかないのじゃ。そして、千恵子の姿でいれば、さっきのように、わしと同じように、縊り殺されるのじゃ。」

わたくしは、自分は気が触れたのかと疑いました。
こんな、恐ろしい、出来事が、現実であるはずはないと・・

しかし、呪いは、現実だったのです。絶望の中でわたくしは、オババに身も心も、とりつかれたまま、今まで、あの、山家に暮らしていたのです


嗚呼、もう、時間がない!桃ねえさま、わたくしはこれから、化け物に襲われる、
いいえ、わたくしみずからが、化け物になるのです・・
どうぞ、そんなわたくしを、見ないで!このまま、お帰りになって!お願いですっ!」



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